不器用上司のアメとムチ

“満室”


入り口の看板はそう表示しているのに、久我さんは迷わず自動ドアをくぐった。

すると、こういう場所には珍しくはっきりお互いの顔が見えるフロントで、彼は従業員のおばさんに告げる。


「――――空くまでそこで待たせてもらう」


そこ、と言って彼が指差したのは、ホテルのロビーみたいな場所。

二人用ソファがずらっと横に並んでいて、そのひとつひとつが背の高いついたてで仕切られている。


何組かのカップルが待てるように……なのかな。


あたしが辺りをキョロキョロ眺め回していると、ぐいっと腕を引かれて一番近くにあったソファに無理矢理座らされた。


そして久我さんがすぐにキスの体勢に入ろうとしたので、あたしは必死でその身体を押し返す。


「あ、あの……確認したいことが」

「……なんだよ、早く言え」

「酔ってます……よね?」

「……酔ってねぇよ」

「あたし……また“記憶にない”とか言われたら、もう立ち直れません……今、ちゃんと、意識はあるんですね?」

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