不器用上司のアメとムチ
「ああ見えてすごいんだよー、奥さんへの溺愛ぶり」
「……予想もつきません。でも羨ましいな、柏木さんの奥さん……」
「あれ?きみだって幸せなんじゃないの?課長が言ってたよ、“やっと久我を変えてくれる子が現れた”って」
うわ、あたしの居ないとこでもそんなこと言ってるんだ。
……吉沢さんのお節介虫。
あたしはため息をついて、冷たく言い放つ。
「あたしは今、副社長の役に立ちたくて必死なんです。久我さんとは、なんにもありません。……じゃ、あたしはこれで」
荷物も渡したことだし、これ以上ここに居る理由もない。
くるっと体の向きを変え、ドアノブに手を掛ける。
「待って、姫原さん」
すると石原さんが、あたしを呼び止めた。
振り返ると、心配そうにあたしを見つめるふたつの灰色の瞳があった。
「副社長には……気を付けて」
「……どうしてですか」
「きみのこと……本気じゃないと思うから」