不器用上司のアメとムチ
その日の帰り、普段はほとんど鳴ることのない俺の古い携帯が久しぶりに音を立てた。
ずっといじっていなかった着信音は恥ずかしいくらい昔に流行していた歌で、しかも音量は最大。
通行人の目が一斉にこちらに向けられたことに焦った俺は、誰からの電話なのかも確認せずに通話ボタンを押した。
「もしもし……?」
俺がそう言ったのに、なかなか電話の向こうからは声がしなかった。
間違い電話か……?
そう思って、携帯を耳から離しかけたときだった。
『……出てくれないかと思った。久しぶりね……猛』
「……………な、ぎさ?」
もう二度と聞くことはないと思っていた女の声。
忘れようと努力していた彼女との記憶が、一気に心の表面に引きずり出された。
『……五年ぶり、かな』
「ああ……」
『元気……?』
「……そこそこな」
別にわざと冷たくしようとしているわけではないが、突然すぎて何を話したらいいのかわからない。
しばらく無言でいると、通行人にぶつかられて自分が歩道の真ん中にに突っ立ったままであることに気が付いた。
俺は携帯を耳に当てたまま道の端に移動し、ガードレールにもたれかかる。