不器用上司のアメとムチ

『猛……あのね。もうすぐ光(ひかる)が四歳になるの』

「そうか……」

『それでね、最近になってよく言うの……
“パパと同じ顔の叔父さんに会ってみたい”って』


俺は眉間にしわを寄せ、奥歯をぎり、と噛んだ。


「……無理だろ」

『どうして……?』

「俺はお前に最低のことをしたんだぞ……しかも光が腹ん中に居る時に……」


そうだ。俺は、妊娠中の渚を穢そうとしたんだ。

なぜ、そこに俺でない奴の子どもが居るのか、理解できなくて……

醜い嫉妬を、渚の中に注ぎ込もうとした。

もっとも、渚に思いきりひっぱたかれてそれは叶わなかったが……


『あのね……全部、聞いたのよ』

「聞いたって……何をだ」

『あの、クリスマスの日……猛は約束を破ったんじゃなかったんだね』

「…………?そりゃ、約束を破ったのはお前の方だからな」

『違うの……違ったの。私たち、二人とも別々の場所でお互いを待っていたの』


渚が切なさを滲ませた声で伝えたのは、俺が渚に“裏切られた”と思った五年前のクリスマスの真実だった。


俺はそれを黙って聞いていた。


コンクリートだらけの蒸し暑い都会の夏の夜が徐々に薄れていき、目の前にあの日の雪がちらついたような気がした。

< 150 / 249 >

この作品をシェア

pagetop