不器用上司のアメとムチ
『猛……あのね。もうすぐ光(ひかる)が四歳になるの』
「そうか……」
『それでね、最近になってよく言うの……
“パパと同じ顔の叔父さんに会ってみたい”って』
俺は眉間にしわを寄せ、奥歯をぎり、と噛んだ。
「……無理だろ」
『どうして……?』
「俺はお前に最低のことをしたんだぞ……しかも光が腹ん中に居る時に……」
そうだ。俺は、妊娠中の渚を穢そうとしたんだ。
なぜ、そこに俺でない奴の子どもが居るのか、理解できなくて……
醜い嫉妬を、渚の中に注ぎ込もうとした。
もっとも、渚に思いきりひっぱたかれてそれは叶わなかったが……
『あのね……全部、聞いたのよ』
「聞いたって……何をだ」
『あの、クリスマスの日……猛は約束を破ったんじゃなかったんだね』
「…………?そりゃ、約束を破ったのはお前の方だからな」
『違うの……違ったの。私たち、二人とも別々の場所でお互いを待っていたの』
渚が切なさを滲ませた声で伝えたのは、俺が渚に“裏切られた”と思った五年前のクリスマスの真実だった。
俺はそれを黙って聞いていた。
コンクリートだらけの蒸し暑い都会の夏の夜が徐々に薄れていき、目の前にあの日の雪がちらついたような気がした。