不器用上司のアメとムチ
これで、用は済んだ……
あたしはすぐに踵を返そうとしたけど、デスクの背後の壁に見慣れない貼り紙がしてあり、それが気になってまじまじと見つめてしまった。
“禁酒、禁煙”
標語のようにでかでかと書いてあるその粗っぽい字は、久我さんの書いたものだろう。
これは……一体……
あたしは貼り紙に集中しすぎて、背後に近づく人の気配に気がつかなかった。
「――――久しぶりだな」
びく、と肩を震わせたあたし。
この掠れた低い声は……
後ろにいる人が誰か分かるから、振り向かずに言う。
「お久しぶり……で、す」
……なんで答えちゃったんだろう。無視して出ていけば良かった。
そのタイミングを逃したあたしは彼に背を向けたまま、後悔してうつむく。
そしてできるだけ当たり障りのない話題で、沈黙を埋めようとした。
「他の皆さん、どうしていないんですか……?」
「工場で大量に不適合品が出たから、みんなその廃棄の手伝いに行ってる。ここに誰もいなくなるとまずいから、俺は様子見て帰ってきたんだ」
「……そうですか」