不器用上司のアメとムチ
いつまでも梨を受け取らないあたしを不審に思ったのか、母親の方もこちらに歩み寄ってきた。
そして、男の子の手から梨をそっと取って、床に落ちたままの袋に入れてあたしに差し出す。
「もしかして……あなたが猛のお姫様?」
笑顔でそんな質問を投げ掛けながら。
あたしは、敵対心むき出しで「そうです」と言おうかと思ったけれどそれは止めた。
もしも本当に、目の前の小さな子が彼女と久我さんの子なら、今ここでそんな大人の話をするべきじゃないと思ったから。
「あたしは……」
ただの部下です。と不本意ながらも口にしようとしたとき、背後から聞き覚えのある声が近づいてきた。
「渚、光、遅れてごめん!」
その声を聞くと、男の子の目がぱっと輝き、「パパおそーい!」と、楽しそうに叫んだ。
あたしは意味がわからなかった。
久我さんは病室の中でしょ?
しかも、ひどい怪我だから絶対安静。
じゃあ何で後ろから、軽やかな足音とともに彼の声が近づいてくるの?