不器用上司のアメとムチ

にぎやかな家族(主に光くん)が去ってしまうと、急に病室が広くなったような気がしてそわそわしてしまう。

あ、そうだ。梨、梨……

傍らに置いたままだった袋に手を伸ばし、一番大きな梨を取り出したときだった。



「――――俺はな、小梅。
渚を犯そうとしたことがあるんだ」



あたしの手の中から、コロン、と梨が滑り落ちた。


「え……?」


聞き間違い、かな……


「しかも、妊婦の渚を……だ」


ドクンドクンと、脈が速くなる。

久我さんの顔を見ることができない。

あたしは床に転がった梨を拾って、その皮のざらつきを、無意味に何度も撫でていた。


「光には偉そうなことを言ったが……お前がそんな俺を許せないなら、無理して恋人にならなくていい。軽蔑されて当然のことをしてるからな……」


自嘲するように言って、目を伏せた久我さん。


あたしは自分を落ち着かせるように一度大きく深呼吸した。

そうやっていつもいつも、先手を打ってあたしを遠ざけようとするのは……臆病の裏返しだよね?

もう、何度も同じパターンは効かないよ。

そんな簡単に、お姫様の座を降りてたまるもんですか……

< 212 / 249 >

この作品をシェア

pagetop