不器用上司のアメとムチ
その後も久我さんにからかわれながら梨を剥き、それを食べつつ京介さんの話をした。
「……洋品店の娘?」
「はい。来年度から作る制服はもっと安くしてほしいと依頼したら、店主に店がつぶれるからと断られたそうなんですけど……
京介さん、そのときたまたまお茶を出してくれた店主の娘さんを人質に取ろうとしたらしいんです。“それなら、娘さんを労働力としてうちの会社にもらおうか”って。
洋品店にはほかにも従業員はいますけど、彼女は経理をはじめとする大切な事務仕事を担当していたらしくて、その彼女が居なくなったら困るからと店主は値下げの件を飲もうとしたそうです。でも……」
京介さんはあのあと、あたし以外にも叩かれたという頬を押さえてぼんやり宙を見つめながら教えてくれた。
『気が付いたら、僕はその娘に思いきりひっぱたかれていた。そして彼女は言ったんだ。“こんなに横暴なあなたの下で働くくらいなら、舌を噛み切って死にます”とね。
そのときの痛みと彼女の強い眼差しが、胸に焼き付いて離れないんだ……』
京介さんのナルシストなモノマネつきで、あたしは当時の状況を久我さんの前で再現した。
「……なかなかやるな、その娘。つーかお前、そのモノマネやめろ。笑うと折れた骨に響く」
「あ、ごめんなさい!」
慌ててただの小梅に戻り、椅子に座り直す。
そういえば、今何時だっけと時計を見ると、もう面会時間は終わりに近づいていた。