不器用上司のアメとムチ
「帰るのか……?」
鞄を手に持ったあたしを見て、久我さんがぽつりと呟いた。そんなに寂しそうな声と表情で言われたら、後ろ髪を引かれてしまうけど……
「また、明日も来ます」
あたしは穏やかに微笑んで、久我さんの手をきゅっと握った。
本当はあたしだって帰りたくない。
だけど、もうきちんと次の約束ができる恋人同士になったんだもの……焦らなくたって、あたしたちには時間がたくさんある。
「明日んなったら急に治ってねーかな……」
「二週間はかかるって、さっき自分で言ってたじゃないですか」
「うるせぇ。わかってる……治ったら立てないくらいしてやるから、今から心の準備しとけよ?」
「お、お手柔らかに……」
「無理だ」
久我さんてば、相思相愛になった途端にオオカミ度が増した気がするんですけど……
ああ、でも本当に。二週間後が待ち遠しい。
抱き合いたいのももちろんだけど、それだけじゃなくて、彼女として隣を歩くのってどんな感じなんだろうとか、仕事の後は毎日一緒に帰ったりしちゃうのかなぁとか、考えるだけで幸せが溢れてくる。
「俺との晩を想像するのがそんなに楽しいか?」
「え?」
「にやけてんぞ、顔」
わぁ!これは違います!と弁解しながらあたしは慌てて病室をあとにした。
それでもやっぱりに緩んでしまうう口元をきゅっと引き締め、スキップしそうになる足をなんとかなだめながら、あたしは帰路に着いた。