不器用上司のアメとムチ
15.ミルクキャンディー

秋も深まってきた10月のある日……

一週間前に仕事に復帰した久我さんが、今日もその低くかすれた声であたしを叱る。


「姫原!漢字が間違ってる!誰なんだこの“モカブレンド加藤・武藤”ってのは!」


恋人同士になってから、彼は仕事中はあたしを“姫原”と呼ぶようになった。

ここに配属になったばかりのころはそう呼ばれたがっていたあたしだけど、今では“梅”の方がなんだか懐かしい。


――それから、変わったことがもう一つ。


「え、あたしちゃんと“モカブレンド加糖・無糖”って……はっ!ほんとだ!すみません課長!すぐに直します~!」


全くおまえは……と、肘をついて頭をかく彼のデスクには、“課長 久我猛”のプレートが置かれるようになった。


今まで、課の責任者でありながら役職のなかった久我さん。

それは京介さんの意向、というか嫌がらせだったみたいだけど、ときどきあたしが彼の恋愛相談に乗っていることに感謝して、あたしの恋人である久我さんにも優しくなることに決めたらしい。

本人は役職なんてつかない方が楽でいいと言っていたけど、あたしはやっぱり嬉しい。


ちなみに京介さんは、あれからずっと洋品店の娘さんに片思いをしたままだ。


「久我さん、なんかいつもよりイラついてね?」


佐々木が向かいのパソコンの影から、あたしに話しかける。


「そ、そう?いつもあんな感じじゃない?」


あたしはそう答えながら、けれどその原因には心当たりがあった。

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