不器用上司のアメとムチ
彼が去ってしまってからも、あたしはまだ扉の方を見つめていた。
その目がきっと分かりやすいハートマークだったんだろう、久我さんが苦笑しながら言った。
「梅、あいつは止めとけ」
「……なんでですか!いくら久我さんがあたしの上司だからって、恋愛にまで干渉しないでください!」
あたしは鼻息を荒くして言い放った。
「……あいつがもう結婚しててもか?」
「え……」
「残念ながら柏木には嫁さんと子どもがいる。ま、まだ子どもは腹ん中みたいだが……」
そ、そんな……
あたしはあからさまにがっかりして、ソファにどすんと腰を下ろした。
ああ、短い恋だった――――。
やっぱりあたしはここで仕事を頑張るしかないんだ……
「……略奪しよう、とまでは思わないんだな、お前は」
久我さんが、静かに言いながら今度はあたしの手のひらの消毒を始めた。
脚よりはましな痛みに、あたしはほっと息をつく。
「……人のものには興味ありません。ましてこれから赤ちゃんが生まれるんならなおさら……」
「そうか。……まともな神経なら、そう思うんだろうな……」
ぼんやり呟いた久我さんは、あたしと話をしているようで、でも視線はどこか宙をさまよっていて……何か別のことを考えているみたいだった。