メゾン・ド・フォーチュン
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「はあっ」

大きく息をついた。

いつもいつも緊張してしまう。


上野家の親戚は皆、大きく事業を展開している。


主人の家も、お兄さまが継いでいらっしゃるけれど、

大きな会社。


うちも潰れなければ同等の会社ではあったけど、

こうなってしまえば、主人の親戚の同情にすがるしか方法はない。


なんとか、主人が戻って来るまで、

親子二人生きていかなければならない。

この会社から振り込まれる管理人としての給料が

今の私の支えだ。

これを無くすわけにはいかない。



「上野智則様の奥様ですね?どうぞ、お入りください。」


案内してくれる社長秘書、若くて綺麗。


私なんて子供産んでからというもの、化粧もロクにしてなくて、

急に自分が地味で、取り柄のない女に思えてきた。


キツン……

しまった油断した、

この人からの憎悪が入り込んでくる。





「ああ、よく来たね、入りなさい。」


「はい、ご無沙汰しています。

 いつも私たち親子のご心配いただきありがとうございます。」

「夕は元気かい?」


「はい。おかげさまで元気に幼稚園に通っています。」


「そうか、かわいい盛りだろうな。」

社長の義兄は奥様との間に1人息子さんがいたが、

昨年の夏事故で亡くしていた。

「早苗おねえさんはお元気ですか?」

「あれからずっと、家を空けて遊び放題だよ。

 そうすることで領のことを忘れようとしてるんだろう。

 好きにさせている。」

「言いにくいことなんだが、

 これに印を押してもらえないだろうか?」

 
「え?どういうことですか」

それは一切の財産を放棄すると言う念書の様なものだ。

「妻は,もう子どもが産めないんだ、

 つまり、上野の後継者は君と智則の娘と言うことになる。

 そのことで、早苗もやけになっている所があってね。

 できるなら夕を養子に貰いたいところなんだが」

「お断りします」

「だと思ったよ。

 なら、この書類に印をもらえるか?」

「おっしゃっていることが判りません」


「あいつに俺の子どもができてな。」


義兄の視線の先にはさっきの美人秘書がいた。

そういえば、おなかのあたりを圧迫しない服を着ている。

ヒールも低めだ。


「あの、

 智則さんがもし戻ってきた時のことなんですけど、

 その時この書類があるとどうなりますか?」

『そこに但し書きがあるだろう?

 弟智則が戻った場合にはこの限りではないって。」

「あ、ホントですね。

 気がつきませんでした。」


「立夏さんは、あいつが戻ると信じているのか?」

「お義兄さんは諦めてしまったのですか?」

「待つという行為は精神を弱らせるよ。

 いっそなかったものとして考える方が、

 前を向ける気がする。」


「私はそれでも待ちたいと思います。

 たとえ戻れない事情があったとしても、

 戻る場所として、

 私は存在したいんです。

 あの子、夕と一緒に。」

「そうか」






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