【短編】ダンサー
私が見た事を拓海は気付いた。

確実にさっきよりテンションが上がっている。

大勢でステージに立っていても、お客さんが自分を見ている事は自分ではっきりと分かるものだ。

そしてそれが新たなエネルギーとなって、いつまでも踊る事が出来る。

拓海は今この狭いホテルの一室でステージに立っている。

お客さんは、私一人。

拓海の汗が、私の顔に手に足に飛ぶ。

汗には、毎日少しづつ積んできた努力と、夢と希望が凝縮されている。

後から後から飛んできては、必死に訴えかけてくる。

拓海が、思い出の中の私ではなく、今の私に伝えようとして。

私の頬を伝うのは拓海の汗なのか、それとも私の涙なのか分からない。

この2年間、医者に宣告された時でさえ涙は出なかった。

だから私の中には涙なんて無いはず、なのに他のよりずっと熱い水滴が頬をつたっている。

体の奥から流れ出る熱い物を涙だと認めざるを得なくなった時、私の手は自然に動いて拍手をした。

痛いくらい思いっきり手を叩いた。

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