腕枕で眠らせて



紗和己さんが足を止めてこちらを向いた。


私も顔を上げて彼の方を向く事が出来たのは、きっとお酒の力。普段だったらこんな勇気出ない。



「…ズルいって…?」


困惑の色を浮かべて紗和己さんが尋ねる。


「…付き合って一ヶ月近く経って、デートだってしてこうして一緒にお酒だって飲んでるのに、私…紗和己さんとの接触、拒んでる…」


そんな事を口にしてしまったのは、きっとやっぱりお酒のせい。



母にぐちゃぐちゃ言われて、私の中でも焦りが芽生えてた。早く紗和己さんを紹介して親を安心させた方がいいのかなって。


もっと早く、紗和己さんと確固たる恋人になった方がいいのかなって。


30と25の男女がこんな呑気な付き合いをしてる事に罪悪感を感じ始めていた。


親や世間に対してどこか後ろめたい。そして、紗和己さんに対して申し訳なくて。


いつ家庭を持ってもおかしくない歳の人に、私は恋人と名乗りながらキスひとつさせていない。


きっと我慢させている。色んな事を。



『男は抱けない女に価値は感じないよ』


忌まわしい思い出が頭に響く。身体を拒んだ時、アイツが言った一言がこんなときにヒョッコリ顔を出す。



『貴女が恋に怯えなくなる日まで、僕はいつまでも待ちます』


紗和己さんの言ってくれた優しい言葉と交じり合って


頭で考えるよりただただ胸が痛い。



< 134 / 285 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop