腕枕で眠らせて
4月。
自由が丘の【pauze】3号店は昨日内装工事が全て終わり、いよいよオープンも間近に迫ってきた。
そんな慌ただしい中、紗和己さんは点検を兼ねて私を今日新店舗へ連れて行ってくれると云う。
「新しいスタッフさんはもう揃ったんですか?」
「ええ。本店のほうで玉城さんが研修してくれてます」
彼の口から出たその名前に、
もう私の胸がざわつく事は無い。
紗和己さんは私だけでなく、玉城さんの想いともきちんと向き合ってくれた。
『玉城さんが…お店を辞めたいと、僕に相談してきました』
そう紗和己さんが教えてくれたのは、あの日のすぐ後だった。
『…辞めたいと言われて…僕は引き止める事もすんなり頷く事も出来ませんでした』
困ったように笑った顔は、とても弱くてとても素直で。
ふう、とひとつ大きく息を吐いて紗和己さんは空を見上げてた。
『本当に、情けないほど僕は未熟です。
僕が彼女を傷付けた事、彼女が美織さんを傷付けた事。
経営者として割り切って、彼女を貴重な人材として扱う事が僕にはすぐ出来なかった』
その時の空は曇っていて、今にも雲の広間から雨が降りてきそうだったけど
『……けど。きっと人ってそんな簡単じゃないですね。大人になっても幾つになっても、割り切れない想いってあると思います。
それは…僕だけじゃなく玉城さんもきっとそうかなって。
だったら、とことん向き合うしか無いのかなって』
そう言った紗和己さんは、決して曇ってなんかはいなかった。