腕枕で眠らせて
「お知り合いですか?美織さん」
後ずさった私の背中を、ふっと大きな手が支えてくれた。
その感触にはっと自分を取り戻す。
「紗和己さん、あのね。あの…」
「元気にしてたか?」
紗和己さんの方を振り向いて口を開いたのと、なれなれしい手が私の肩に置かれたのはほぼ同時だった。
「何?どっか行くところ?俺さ今この近くで働いてるんだ。お前んち近かったよな。今度ゆっくり飲みに行こうぜ」
どうしてこの男は、一方的にこんな最悪な状況を作り上げられるんだろう。
怒りと困惑で口をパクパクさせる私に
「そんじゃまた連絡するな」
とアッサリ言い残し楷斗は歩道をさっさと歩いて行ってしまった。
私の隣に立つ紗和己さんの存在を全く無視して。
「…大丈夫ですか、美織さん?」
吹きっさらしの北風の中、苦い苦い顔で立ち尽くす私に心配そうな声を紗和己さんが掛ける。
「……あのね、紗和己さん……ごめんね、今の…」
ただでさえ紹介するのも憚られるのに、あんな失礼な態度をとって。
ああ、これから楽しい旅行に行くと云うのに、話題にするのも嫌だけど。
「……前に…付き合っていた男(ひと)なの…」
ごめんなさい紗和己さん。
こんな話聞かせる羽目になって。