腕枕で眠らせて
別に美織さんが謝る事じゃありません。偶然の再会なんですから。
ただ。
昔とは言え、貴女を傷付けた男なんだと思うと…ちょっと穏やかな気持ちにはなれませんね。
高速道路に向かう車の中で、紗和己さんはハンドルを握りながらそう言った。
穏やかな気持ちにはなれない、なんて。彼らしくない台詞を言わせてしまった事に罪悪感が募る。
楷斗に会って私も昔の辛い事を思い出したけど、でもそれ以上に紗和己さんにこんな思いをさせた事が嫌だ。
だって、もし逆の立場だったら。私は今日1日笑えるだろうか。
紗和己さんの元カノを名乗る人が私を無視して彼になれなれしく話し掛けて来たら。
しかもそれが過去に散々彼を傷付けた人だったりしたら。
……考えただけで気分が悪い。
「紗和己さん、本当にごめんなさい。こんな話、今しなければ良かった」
「謝らないで下さいよ。美織さんは悪くないんですから」
「あの、楷斗は飲みに行こうとか言ってたけど、私、絶対行かないから。楷斗は今の私の電話番号もメアドも知らないから連絡だって取れないはずだし」
カッコ悪い私の必死の弁明を聞いて紗和己さんはふっと柔らかく目を細めた。
「それを聞いて安心しました。
さっきの事はもう忘れましょう。せっかくの温泉旅行なんだから気持ち切り替えて楽しみましょう」
そう言って笑う顔は、私を安心させてくれる優しい笑顔で。
今日も私はこの笑顔に救われてしまう。
「紗和己さん」
「はい」
「露天風呂、いっしょに入ろうね」
“好き”って言いたい気持ちを、照れくさくてオブラード包んでみたんだけど。なんか余計に照れさせちゃったみたい。
安全運転の紗和己さんの車が、一瞬大きく揺らいでしまった。