腕枕で眠らせて
「鈴原さん、送ってもらった方がいいですよー」
カウンターの奥でバインダーに挟んだ書類にペンを走らせながら玉城さんが声を投げてきた。
「オーナー心配性のうえ頑固だから、お店の女の子が遅くなった時も必ず送るって言ってきかないんですよ。鈴原さんも観念して送ってもらった方がいいですよー」
朱の口紅を塗った唇を半円に綻ばせ、カラカラと明るい笑いを溢しながら玉城さんが言った。
…そっか。みんな送ってもらってるんだ。
そっか。さすが優しいな、水嶋さん。
玉城さんの言葉に眉尻を下げてただ笑う水嶋さんの横顔に向かって声を掛けた。
「じゃあ、観念しますんで送ってください。駅まで」
駅までの大して暗くはない道を、二人高さの合わない肩を並べて歩く。
車で送ると言わないのは、水嶋さんの優しさ。
「最寄り駅からご自宅まで近いんですか?」
「そうでもないかな…歩いて10分くらい」
「結構ありますね、自宅までお送りしましょうか」
「えっ、あっ、大丈夫!駅からは父に迎えに来てもらうんで!」
とっくに成人した娘をわざわざ迎えに来てくれる生易しい父など持っていないけれど、こうでも言っておかないと水嶋さん本当に一緒に電車乗って私の家まで送りそうだし。
嘘も方便。です。