そして 君は 恋に落ちた。



ギリギリに乗り込む俺を見て彼女は咄嗟に俯く。その隣で瀬川さんはニヤリと広角を上げた。

それに内心ムッとしつつ、笑顔で挨拶を交わす。


軽く会話をしてる内に、瀬川さんの営業部がある4階に着いた。


「じゃあな」と軽く手を挙げエレベーターを降りる瀬川さん。
彼を降ろしたエレベーターは、“緊張”を背中全体で表す先輩と俺を乗せ、ドアをゆっくり閉めた。



たかだか1階分の時間。

でも、その数十秒が何分にも感じられる位、エレベーター内の空気は張り詰めていた。




開いたドアに、俺が「お先どうぞ」と言うと、少し躊躇しながらも小さく頭を下げ、半ば駆け足に近い速さでエレベーターを降りた春日さん。

その小さな後ろ姿を見て、俺の足も自然に速まる。



急いで戸に手をかける先輩。


―――逃げようと必死の兎を、捕まえる。



「……何を慌ててるんですか?」


少し体温の低いその手を掴むと、体をビクリと跳ねらせた。


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