そして 君は 恋に落ちた。



「……気のせいよ。
 早く仕事始めなさい」


震えながらも口調はいつも通りの彼女に広角が上がる。
そんな彼女の目を、俺はわざと真顔で見た。



「美和さん」


優しく。丁寧にその名を呼ぶと、強固な瞳がやっと揺らいだ。
それを見逃さなかった俺は、顔が緩む。


「明日なんですけど」


――でも、それは一瞬だけで。


「松田君。下の名前で呼ばないで」


次の瞬間には、いつもの強い瞳に戻っていた。

……失敗した。


でも負けねーぞ。



「失礼しました。
 春日さん、明日の夜お時間いただけますか?」

負けじと笑顔で切り返すと彼女はまたもや瞳を揺らす。


「……退かせてくれない?中に入れないわ」

言いながら、ひきつった笑顔を作る彼女に、思わず吹き出しそうになってしまった。


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