潔癖症の彼は、キスができるのですか?
え……? 今、琴音って……。
「よし、帰ろう」
大窪くんの言葉をきちんと頭の中で理解する前に体を離されて、私はポカンとした表情で固まってしまう。
「山口さん?」
「あ、ごめん。帰ろう!」
聞き間違え? 今まで通り、私のことを名字で呼ぶ大窪くんをチラリと見ると、肩を震わせて笑っている。
「なんで笑ってるの?」
「やっぱり、山口さんいじめるの楽しいなーって」
「楽しいって……! ひどい!」
やっぱり、聞き間違えじゃなかった。頬をふくらませて、大窪くんの腕をバシバシと叩いた。嫌がる耳元で、下の名前を呼ぶなんて! しかも、好きって……! 今頃、ドキドキしてきた。きっと、顔は真っ赤だ。恥ずかしい。でも、嬉しい。初めて"琴音"って、呼んでくれた。
「いつか、山口さんも言ってね」
「え?」
「俺の名前。覚えてる?」
イジワルな笑顔で聞いてくる大窪くんを見て、私も仕返ししようと目を細める。
「なんだっけ?」
「思い出すまで、耳元で話そうか?」
「嘘です。ごめんなさい。いつか、きちんと下の名前を呼びます」
極上のドS……。大窪くんも、その部類に入るんじゃないかと思いながら、その日は自宅に帰った。
明日、ケバマツゲの悲痛なおたけびを聞けることを祈りながら……。