なんか、ごめんね。
生きていくために
「ねぇ、キノサダさん。」
その聞きなれない声に私は我に返った。
声の方に顔を向けると見たことのない男子生徒が私を見ていて、丁度の所で目があう。
「あれ、キノサダさんであってるよね?」
キノサダ、と私の名字を呼ぶその人は少し焦りながら笑っていた。なんで笑っているんだろう、と脳裏で思いながらうなずくとぱっと明るい笑顔に変わる。
今思えばここは学校の図書室だった。夕日の茜色がガラスから差し込み、大きな時計の針が動く音と静寂がこの空間を満たしている。私の手元には本が開かれており、いつのまにかぼうっとしていたことすらも忘れていたようだ。
紀之定政、現在高校二年。名前はキノサダマツリと読む。周りからはよく古い名前だとか、珍しいだとか、呼びづらい名前だとかと言われているが私はそう思ってはいない。
そんな話はどうでもよしとして、私の隣で椅子に座りながら「キノサダさん」と少々イントネーションが狂いながら呼ぶこの人はだれなのだろうか。とだけがあまりはたらかない頭で考えついた。
「もう図書室閉めるからさ、そろそろ出てもらってもいいかい?」
「あぁ、ごめんなさい。」
爽やかに微笑むその人は時計を親指で指して言う。時計を見ればもういつの間にか五時半を回っていて、図書室にも私とその人以外は誰もいなかった。その人は図書委員なのだろうか、私が帰りの支度をしたのを確認するとカーテンを閉めたり貸出口を整えたりと図書室を片付け始めている。図書室は静寂に包まれたまま、今日を終えようとしていた。
「キノサダさん」
ただ、その人が私の名前を呼ぶときのイントネーションの狂いだけは、今すぐにでも終わればいいと思う。