形見
幼き者は記憶を封じ
育った屋敷に人は少なく、隙を見て脱け出すのは容易だった。
その日裏山に行こうとしたのは気が向いただけのことだった。
(あつい……)
汗とも体液ともつかぬ汁で衣はぐっしょりと濡れてしまったが、不快感は頂に着いて吹き飛んだ。
山頂にぽつんとある岩の上に、先客がいた。
(………)
人だ。着流しに、長髪を緩く括った青年。
――帰ろう。
踵を返す一瞬
「あ……」
岩に座っていた人物が振り向いてしまった。
「君は……ヒトガタ?」
振り切って逃げることは、なぜだか出来なくて。
背を向けたまま頷いた。
しゅ、と衣擦れの音がして、彼の足音が聞こえる。
「ここ、気持ちが良いよ」
ぽん、と肩に手を置いて、彼は横を抜け山を降りていった。