マーブル色の太陽
『口パクでいいから礼を言え。笑顔でな』
僕は音を出さず、口の形だけで「ありがとう」と言う。
最後は恥ずかしくて「ありがとー」になってしまったのだが。
江口さんは一瞬、驚いたような、わからないような顔をしたが、すぐさま理解し、にっこりと微笑みながら「い・い・え」と同じように、口の動きだけで、お返ししてくれた。
江口さんの眼鏡はお世辞にもお洒落とは言えない。
だが、その眼鏡の向こうの切れ長の目が、記号の”〜”のになるほど微笑んでくれる、江口さんの顔が僕は好きだった。
そういえば、江口さんにこうやって笑いかけてもらった自分を知らない。
たぶん、初めてのことではないだろうか。
嬉しい。
嬉しさがこみ上げる。
僕は思わず(ありがとう)と『声』に対して礼を言った。
だが、『声』からの反応はなかった。