ある人々の恋愛
バイバイ、あーちゃん

人の思い出とは、なんとも脆いことか。大切にすると誓った熊のぬいぐるみも、数年立てば別のものに変わり、くまのぬいぐるみは忘れさられる。幼稚園の同じ組の子と将来結婚しようと約束しても、数十年後にはお互い別々の恋人ができてしまう。
 だから人は思い出を忘れないために、証拠を残す。アルバム、交換日記、手帳、手紙、思い出の品。人の数だけ、証拠は存在する。質か忘れても、それを見ればふと思い出せるように。

5月の最後の週。東京は雨に濡れていた。青空が続いていた日が多かったため、久しぶりの雨の再来は人の心を曇らせた。雨で交通渋滞や事故が生じている喧騒な街。そんなところから逃げるように、雨が細い細い流れとなって、静寂に満ちた公園にたどり着く。
 雨は大きな水溜りに合流すると、淡い青色の傘が鏡のように映し出される。傘はくるくると回り、雨と遊んでいるようだ。パシャンと水溜りが驚いたように跳ね返る。傘は、公園を何か落し物を探すように、注意深く進んだ。
水溜りを跳ねると、時折立ち止まる。今度は水溜りを避けるように慎重に地面を歩く。すでに革靴はしみがついたように、所々茶色が黒色になっている。
 薄暗く空がにごり、公園の街灯があわせるように、パッパッと輝きだす。遠くの家々の明かりがステンドグラスのように空を照らし出した。
 傘は足早に家路に向かう。公園の出入り口となっている暗いトンネルをそっと通ると、点滅した蛍光灯の光が急に強くなり出すと、傘は持ち主の手から滑り落ちる。
 
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