ある人々の恋愛
しばらくして、彼のお母さんから、私に連絡があった。私と彼が別れたあとすぐに、容態が悪化し、彼は亡くなってしまった。
お葬式に参列し、彼の生前の写真をみる。柔らかく、明るい笑顔。 いつの日か、彼が写真を取りたいと言い出した日を思い出した。
「写真なんて、元気に退院したらたくさん撮ればいいじゃないの」私は文句を言いながら、ポーズを決めた。彼は嬉しそうにカメラを構えて、私を撮ってくれた。その日は彼の体調も良く、車椅子を押して病院の庭を散歩していた。私は、彼の姿を写真に収めた。
 後日現像した写真を彼に見せた。「いい写真だな」とぼそと呟いていた。「俺が死んだ時の遺影にぴったりだな」
「何いってんの。元気に退院してもっともっと長生きしたら、写真が合わないよ」私は明るく返すと、彼は考え込むような顔から一転して、そうだなと笑っていた。
 あの時から、彼は死を覚悟していたのだろう。
 私は、彼が好きだったのに彼のこと、病気のこと、余命のことを知らなかった。きっと彼なら教えてくれただろう。でも私は知ろうともしなかったのだ。
 棺桶に眠っている彼は、今にも目を覚ましそうな感じがした。青白く少し痩せていて、体はとても冷たかった。私の知らない彼がそこにいた。花の香りが、鼻を刺激する。彼のお母さんが、目を腫らしているのを見て、初めて彼か死んでしまったことを自覚したのだった。
 
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