ある人々の恋愛
 「話がある」といって、私に声をかけてきたのは、同僚の秋田君だ。言われるがままに、彼のあとについていくと、近くのレストランに入っていく。
 少し年数の経った壁色に、アンティークな優しい色の電球、落ち着く音楽の流れた店内は、一度も入ったことがないのになぜか懐かしさが漂っていた。
 店の奥に入り、注文する。料理が運ばれてくると、慣れない手つきでナイフとフォークを動かしている秋田君が目に付いた。
仕事で一緒にやったり、昼食も他の同僚と一緒にとったりすることは、何度かあった。けれどもふたりきりは初めてで、彼はどうしたらよいか分からないようだった。
 他の客の声が、音楽に乗ってかすかに聞こえる。ナイフとフォークのカツカツという音だけが響く。
とうとうデザートで最後という時に、彼から突然結婚を申し込まれた。最初に秋田君に誘われた時から、なんとなく気づいていた。いや前から気づいていた。でもそれを認めてしまえば、きっと後悔する。死んでしまった彼に対する最大の裏切り行為で、あるから。
 だから気づかない振りをしていた。いつか諦めてくれると信じて。相手のためにも、自分のためにも、そして死んだ彼のためにも。
 アイスクリームが溶けて、私は長いこと黙っていたことに気づいた。見せの柱時計が時を刻む。音楽がリズミカルになり響き、彼は我慢強く待っていた。
窓を見ると、雨脚がまた強くなり、水滴がついていた。ふと時が止まり、音楽が消えた。
 暗いトンネルに私はいた。光が急に輝き、死んだ彼が現れた。
「もう君はしあわせになっていいんだ。最初から幸せになってよかったんだ」彼は諭すように言った。懐かしく優しい声、匂いがした。
「俺のために泣かなくたっていいんだ」私は前が見えなくなった。熱い熱いものがこみ上げる。
「俺のためにも幸せになってくれ。ずっと好きだった。愛している」夢の続きであることは分かっていたが、ずっと続いて欲しかった。消えていく彼に私は、初めての告白をした。
「私も、あなたがずっとずっと好きでした」

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