新撰組物語
「ありがとうございます。ですが、自分のことですから、自分でなんとかいたします。」
「そうか、ならいいが。協力が必要な時はいつでも言ってくれ。力を貸すからな。」
「はい。」
きっと、これ以上の味方はいないだろう。
主の優しさを受け、弘世は手紙の続きを書き始めた。
それから数日が過ぎ、拓也達は田舎の生活に馴染み始めていた。
目が覚めると、見慣れない天井が目の前に広がり、なんの装飾も、豪華な几帳や家具などもない広い部屋が広がっている。
周りにあるのは、自分達の荷物と文机のみ。周りの装飾などほとんどない。
開いている障子からは、桜の香が風に誘われる鼻孔をくすぐる。
いつもいる沢山の侍従や侍女などもいない。
何のしがらみもない世界。
何だかホッとしてしまう。
幼い頃から宮廷暮らしをしてきたが、それよりもずっと落ち着いた気持ちになれる。
部屋の仕切りを取った反対側では、弘世がまだ寝ていた。
弘世もまた、同じ気持ちになっているのだ。
拓也は部屋を出て、庭にある井戸で顔を洗う。
冷たい水がヒンヤリと肌を包み込む。
顔を上げれば、満開の桜が風に誘われ踊っている。
ふと、とある女性の姿が浮かび上がる。
初めて行った庭で見かけた女性。
まるでこの桜のように美しく、綺麗な瞳をした人であった。
桜を見るたびに思い出してしまう。
また、あそこに行けば会えるのではないか、と思うがなかなか一歩踏み込めずにいた。
久しぶりに感じるこの気持ち……。
嘘偽りもない世界……。
拓也はそっと目を閉じ、しばらく風を感じていた。
一方、美月は文机に向かい文をしたためていた。
「はぁー…。」
この頃ため息をやたらつくことが多い。
筆を指先でクルリと回し楯に置く。
あの時、見た人の姿が思い浮かぶ。
とても凛々しい人であったが、どこか寂しげで、それでもすごく優しい目をしていた。
あの人に本当に愛されたなら、間違なく幸せになれるだろう……。
だが、その相手は自分ではない。
都から来た人が、こんな田舎にいるような豪族の娘なんか本気で愛するはずがないのだ。
言い寄ってきたところで、遊びに決まっている。
いくらいい人でも、自分をそんなに簡単に安売りをしたくはない。