新撰組物語
だから、本気で恋する前に想いを殺したのに……。
姿が見えないってだけで、こんなにも苦しい気持ちになるとは………。
「はぁ………。」
もう一度ため息をつく。
だが、いつまでもこうしているわけにはいかない。
美月は起き上がり再び筆を握る。
大好きな和歌を書けば、少しは気持ちが落ち着くかもしれない。
そう思いながら筆を走らせた。
しかし、筆を少しだけ離した瞬間に、部屋に風が入り込み、和歌を書いた紙を持って行ってしまう。
「待って…!」
慌てて外へと出て、飛ばされた紙を追いかけた。
一方、着物を整えた拓也は、庭を散策していた。
やはり、ここは桜が綺麗だ。
桜を見ながら歩いていると、慌てた女の声が聞こえてくる。
「待ってーー!」
声がする方を見ると、あの時の女性がこちらへ向かって走ってくる。
その視線を追うと、一枚の紙がこちらに向かって飛んでくる。
その紙は拓也の足元へと落ちた。
それを拾い上げ、女性の方を見ると、女性もこちらに気づいたらしく、少し離れた手前で立ち止まっていた。
どうしたらいいのか、戸惑っているようだが、決して顔を上げようとはしない。
拓也は拾った紙を持って女性に近づく。
「これは貴女のですか?」
紙を女性に差し出す。
「は、はい。」
「文を書かれていたのなら、注意をしておいた方がいい。春の風は気まぐれですから。」
女性はそれを小さな手で受け取る。
「ありがとうございました。」
軽く会釈をすると、女性は部屋へと戻って行く。
その後を目で追う。
やはり、あの時の娘のようだ。
「可愛らしい人だ。」
そう言うと自然と笑みが零れてしまう。
拓也は薄紅色に咲く桜を見上げていた。
拓也から紙を受け取った美月は、拓也の顔をまともに見ることも出来ずに、息をきらせながら戻ってきてしまった。
「はぁはぁ…!」
まさか、あそこに拓也がいるとは…。
またもや意外な展開に、鉢合わせしてしまった美月。
「どうしよう…。」
ドキドキと高鳴る胸に手を当てる。
無かったことにしたはずの想いが、知らずに大きくなっている。
まだ、まともに会話すらしたことのない人なのに……。
ただ名前を聞くだけで、胸の奥が揺さぶられてしまう。