私は彼に愛されているらしい2
「肩を並べることで聞こえる声ってのもあると思うんですよね。視線が合わないからこそ分かることも。なんかそういうの大人の特権っていうか…憧れます。」

何度か有紗もカウンターに座ったことはあるが、凄く緊張したのを覚えていた。

店員に話を聞かれているんじゃないか、迂闊に深い内容の話を出来ないんじゃないか、かなり周りに気を遣いながら友人と過ごした記憶がある。

空いた個室に途中で移動したこともあった。

カウンター席に座る人たちはどこか落ち着いていてまだあそこに座るには自分は青いのだと何となく感じたこともあるのだ。それと同時に少し憧れた。

テレビで見るようなシーンでもやはり印象に残るのは大人の雰囲気だったように思う。

疲れた人が店員に愚痴る様に座ることもあるだろう、それ位人生に色を混ぜて濃くしていくのもいいなと思えたのだ。

仕事でも恋愛でも努力が報われなかったりもする、でも立ち向かっている人が座る場所の様な気がして有紗はあの場所に特別な意識を抱いていた。

逃げてばかりの自分にはまだまだ不似合の場所だとも思っている。

「すみません、飲む前から語りました。」

「だね、ちょっと早い。」

カウンター席に通された2人は座りながら言葉を交わした。

「でもいいんじゃない?面白い感覚だと思うよ、俺は。」

さっそく出された水を飲みながら沢渡は微かに笑う。

「君はやっぱり周りを意識して見てるんだろうね。自分を高めようとしているのが何となく分かる。」

居酒屋という喧騒が取り巻く中で沢渡の声は隣にいるからか有紗の中にストンと入って落ちた。

まるで東芝に言われた時のような感覚に有紗はこれまでの沢渡への印象が変わっていくのを感じている。

「身なりだって気を遣っているし、常に人から見られていることを意識してるよね。背伸びしすぎてる感覚は無いけどなめられないように背筋を伸ばしているのは見てて分かるよ。」

「…そんなに分かりやすいですか?」

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