私は彼に愛されているらしい2
「俺は割と近くにいるし、君がどんな人なのかそれなりに知ってるからね。よく知らない人には出来る女に映ってるんじゃない?」

そうありたい訳じゃない、それが表情に出てしまい有紗は苦笑いをしてしまった。

「大勢の中で働くなんてそんなもんだよ。本当に知って欲しい人だけに伝わればいい。少なくとも君の周りで君が出来る女だと思ってる人はいないんじゃない?」

笑いながら言う沢渡の含んだものに気付いた有紗は難しい顔をして思わず目を逸らしてしまう。

つまりそれは昨日起こしたばかりの大失敗を意味しているのだと口が一文字になった。

「…ご迷惑をおかけしました。」

「驕りでしょ?うまい酒飲んでいい?」

「勿論、どうぞどうぞ!」

そう言うなり広げたメニューを沢渡に差出し有紗は遠慮しないように進める素振りをする。

「じゃあ、コレ。」

「げ。高い。」

「ここは遠慮しちゃ悪いからね。もっちーもいっとく?」

「最初はとりあえずビールじゃないんですか?」

「大人のカウンター席なんでしょ?渋めに日本酒いっとこうよ。」

今まで交わさなかった緩い会話が自然とできる、沢渡と過ごす時間の心地よさを感じて有紗は笑顔が絶えなかった。

仕事の話は殆どなく趣味や好きなものの話をして楽しい時間はどんどん過ぎていく。

最初に宣言した通り有紗は沢渡のタクシーには同乗せずに終電に滑り込んで帰路についた。

帰りの電車の中で月を見つめながら思うのは満たされた時間のこと。

楽しかった。

その一言に尽きる有意義な時間だったと有紗の表情が自然とゆるむ。

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