私は彼に愛されているらしい2
君塚に問い返したものの東芝はすぐにその言葉の意味に気が付いて理解の声をもらした。

「暫くは仕事に集中したいんだそうです。首から下げてますよ。」

「へえ。聞いたの?」

「はい。サラリと。」

成程成程、そう頷きながら君塚は今までの出来事を頭の中で整理していく。有紗たちがあそこまで走り回る理由、消えた指輪の理由、余裕がない理由も見えて納得した。

「持田さんは1つでも記録を残して力をつけたいんだろうねー。」

「覚えのある感情ですか?」

「あはは、まあね。若いなー。」

そう答えると君塚は登場した時と同じ様にキャスターの力を最大限に発揮しながら椅子に腰かけたままでその場から離れていった。

床を走るロール音が低く響いて、その行動の幼さに先ほどの発言との矛盾を問いただしたくなる。

しかしどうやっても君塚に勝てる気がしない東芝はそのまま何も言わずに見送ることにした。

「東芝さん、修正できました。」

頬杖付いて君塚のことを考えていると指示をこなしてきた有紗が図面を持って寄ってくるのが見える。最近の彼女は確かに意気込みを持って仕事に打ち込んでいた。

以前のように浮ついたところも無ければ危うさも感じられない。

宣言通りに仕事に専念しているのだと十分に伝わってきて心地いいほどだった。

「うん、これでいい。吉澤さんにデータ修正してもらって。」

「はい。」

「あ、持田さん。ちょっと。」

「はい?」

一度去ろうとして足を踏み出した有紗はもう一度東芝に向き直す。

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