私は彼に愛されているらしい2
「いや、でも…チーフはいつもこれで許可してくれましたけど。」

「俺はチーフじゃない。」

射抜くような鋭い眼差しを向ける東芝に沢渡は少し混乱した。

何がいけないのかが分からない。

しかし書面に記した以上の言葉を出さなければ認めてもらえないということだけは分かった。

「資料まとめとデータの更新を…。」

「急ぎではないし今やらなければいけないことでなない筈だ。それに自発的なことで残業するのはおかしくないか?」

今日は残業規制の日だと東芝は冷たい口調で続ける。

それには沢渡も言葉を失い視線を落としてしまった。

やがて東芝のため息がもれる。

「残業する意味の半分は失ったことだし、今日は帰ったらどうだ?」

「は?」

「約束があるらしいから。」

それが有紗のことを示しているのだと沢渡はすぐに気が付き拳を握った。

「お疲れ。」

畳み掛けるように切り捨てられた言葉を受けとめ沢渡は下がるしかない。

かつて言われた東芝からの嫌味も思い出して拳に力がこもった。

苛立ちを隠しながら片付けを済ませると沢渡もまた荷物を抱えてフロアを後にしたのだ。

今日は会社として残業規制を定められた水曜日、いつもより定時帰りの人が多い中で有紗は電車を待っていた。

大輔の会社に近い駅で待ち合わせをしている。

こんなことは初めてで楽しさと期待、そして少しばかりの緊張を含んだ独特の心踊る感情に頬を赤らめた。

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