私は彼に愛されているらしい2
「隣の清水さんも自分のところで手一杯だしな…とにかく今回は頑張ってくれ。」

「締切当日に戻ってくるってどういう予定なんですか。」

捨て台詞も刺さったところで東芝は時間が惜しいとCAD端末に戻って行った。その様子を見ていた有紗は小さくため息をつく。

「本当。早く帰ってこないかな。」

色んな思いを含めて呟いた言葉は誰へ向けたものではない。自席で図面を広げながら自然と表情が曇ってしまった。

「暗いよ、もっちー。」

明るい声と共に頭に落ちてきたのは人のぬくもり、有紗はすぐに顔を上げたが確認する前にそれが誰のものか分かっていたのだ。

「沢渡さん。」

「頑張ってんね、また修正入ってんの?」

「は、はあ…。」

頭に乗せられていたのは沢渡の手、その手をスルリと有紗の椅子に回して図面を覗き込むように近付いてきた。その距離は、近い。

有紗は遠慮なしに椅子ごと体をずらして距離をとった。そうしたことによって有紗の椅子に手を乗せていた沢渡の体が揺れる。

「おっと。どうした、もっちー。」

「あ、すみません。図面を見て下さるのかと思って場所を開けたんですけど…。」

「別にさっきのままで良かったのに。」

「…作業が遅くてすみません。」

「真面目にやってくれてるんだったらいいよ。気にしない気にしない。ね、もっちー。」

どう答えていいのか分からずに有紗は申し訳なさそうな笑みを浮かべて本心の苦笑いを隠した。

親しげな態度で距離を詰めてきたのは職場先輩である沢渡陽斗、有紗と同じ設計士でいわゆる軟派タイプの人間だ。年齢層も若くなく、家庭持ちが多いことから落ち着いた男性陣が多い中で悪く言えば浮いてしまっている存在になる。

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