ノスタルジア~喫茶店を訪ねて~
 そんな昔話を思い出していると、ヘアのノック音が聞こえた。妹が黙って、下にうつむいたまま入ってくる。
長い黒髪がゴムで束ねられ、馬の尻尾のようにゆさゆさ揺れていた。沈んだ空気を身にまとい、部屋中の空気がぴんと張り詰めた。「ねえ、もう引越しの準備、終わるんだけど」ためらうような視線を浴びせた。握りしめた両手は、かすかに震えていた。
 言葉は宙に浮かび消え、部屋は沈黙した。
 いつからだろうか。妹と話すだけで緊張するようになったのは。
 いつからだろうか。家族と向き合うのが恐くなったのは。
何か妹との間に、見えない壁があるように感じた。いや、兄妹だけではない。家族との間にも見えない壁が果てしなく高くそびえ立っていた。
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