ノスタルジア~喫茶店を訪ねて~
 やがて引越し業者は荷物と共に行ってしまい、母と妹はあわただしく去っていった。
 4人家族から、一気に2人家族となり、狭いと思っていた家が余計広く感じた。閑散とした家を、独り歩くと、床のきしんだ音がまるで、家が泣いているようだった。
 1階の父と母の部屋を覗くと、母の荷物だけがごっそり無くなっていた。台所、洗面所、トイレには、母と妹のが無くなっていた。
 当然だ。引っ越したのだから。
なのになぜ俺は、確認しているのだろう。母と妹は、出て行ったのだ。分かっていた。分かっていたはずなのに、心は重く鉛のように沈み、両足は泥沼に足を踏み入れてしまったようにもつれた。
 何、馬鹿なことをしているんだ。俺は納得した。選択したんだ。行かないと。自分の心の変化に焦りが生じ、どろどろとした気持ちが溢れてきそうだ。
 もがく力のない死んだ魚のように、暗く先の見えない永遠の闇に恐怖を抱いた。
 記憶がシャボン玉のように浮遊し消えていく。
『女はいろいろ入り用なのよ』
『お兄ちゃんの馬鹿』
『ほら、食事の支度ができたわよ』
『どこに言っていたんだ。心配したぞ』
『見て見て、かっこいいでしょう』
『洗濯物取り込んで』
『何変なこといってるの、お兄ちゃん』

 
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