あの時も、これからも
「どしたの」

しるふの隣に胡坐をかく海斗にしるふは静かに問いかける

海斗のどこまでも深い漆黒の瞳が、しるふを捕える

しんと静まり返った部屋に、外から風で揺れる葉の音が聞こえる

「ドイツに行こうと思う」

しばらくの沈黙ののち、海斗が凛とした声音ではっきりとつぶやいた

驚くわけでもなく、ただ口を引き結ぶしるふの手をそっと握り、海斗が続ける

その瞳に、もう迷いはない

「ドイツに経営を基盤とした研修プログラムがあって、それに参加しないかって前々から声はかかってたんだ。ただあの時は黒崎病院を継ぐ気なんてなかったし、いろんな意味で落ち着くつもりなんてなかったから断ったけど」

一度言葉を切り、海斗はゆっくりと息をする

握られた手をしるふはなんともなしに見つめる

わかっていたことだ

海斗はここに、この狭い日本に留まっていていい存在じゃない

もっと広い世界で活躍するべき人間だ

それを海斗が望まないからここにいるだけ

しるふのそばにいてくれただけ

「…私は、どうしたらいい?」

消え入りそうな声でしるふはつぶやく

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