エリートなあなたとの密約
結婚時に特別休暇が与えられるものの、私たちは利用しなかった。
総務からは役職者なら率先して取得して欲しい、と刺々しく言われたものの致し方がない。
そもそも以前の本社出張の際に新婚旅行は済ませていたし、何よりこの頃は互いに業務に支障が出る日々ゆえ片方さえ取得も出来かねるのだ。
大神さんからは、日本支社ってスペシャルな休みもまともに取れないんだー、とWEBを介してダメ押しが入ったけれど、ふたりで笑って聞きながらしたのも記憶に新しい……。
「ねむーい。コーヒーないとボク死んじゃうー」
「松岡さんは不死身です!」
「えーフェニックスの方が好きなのにぃ」
「もう!話が違いますっ!」
「修ちゃんがいなくてご乱心だねぇ」
「よけーなお世話ですっ!」
反省をするどころか、相も変わらず自由人な松岡さんに溜め息を吐く。シン、と静まり返った周囲に響くやり取りに終わりはない。
早朝の社屋に到着すると、出社ピーク時間には随分早いともあってすれ違う人はいない。
ID社員証をかざして裏口を通ると、そのまま社員用エレベーターに乗り込んだ。なおも言い合う私たちを乗せた機体は20階まで静かに上昇を続けていく。
すると、ふたりきりのせいなのか、背後に立っていた松岡さんが不意に抱きついてきた。
「真帆ちゃーん。
ここはご機嫌直してコーヒー淹れよ?ね?」
「……重いです」
「この香り好き。修ちゃんと好み一緒かも」
「もー!重いっ!潰れますから!」
松岡さんが相手だとセクハラとは感じないけれど、感情がそのまま声に出てしまうのはご愛敬。