エリートなあなたとの密約


その間は口を挟まないのが密かなルール。静かにコーヒーを飲んでいると、松岡さんが真顔でこちらに視線を寄越した。


「最後にひとつ。“消化不良”とか可哀想だし、一刻も早く時間作って下さいね。待ち詫びて遊んでますから。――はは、じゃあ気をつけてぇ」

あっさりと日本語に戻した彼は軽口で修平との通話を終えると、スマホをデスク上に無造作に置く。


そして向かいの私に“こっち来て”と合図してきたので何事かと近づけば、彼は私の耳元でこっそり囁いてきた。



「修ちゃんね、真帆ちゃんのことまーた頼んで行ったよん。素敵に心配性ー」と。


それを聞いた瞬間。ああ本当にバカだ私、とさっきまで抱いていた小さな不安が馬鹿らしいものだと我に返った。


「それを聞いてどう?」

マグカップ片手に頬杖をつきながら、ニヤリと口角を上げたスマイル・キラーがこちらの様子を窺ってくる。


「……愛されてますもん」

「わー、言うねぇ」

「ふふっ、修平バカですから」

わざと鼻を鳴らすように返せば、噴き出して笑い始めた松岡さんに何度助けられてきたのか計り知れない。



いつの時も、目に見えないありったけの優しさを届けてくれるのが修平の愛情表現だった。そんな彼だから私は好きで仕方ないのに、些細なことを負へと繋げて落ち込みかけていた心を叱咤する。


――私も修平の傍でもっと強くなるから、彼の休息タイムはゆっくり羽を伸ばして貰える奥さんになりたいなと。


「修ちゃん幸せ者ー」

「だと良いですね」

「真帆ちゃんが幸せなんでしょ?」

「もちろんです」

「えー、お兄さま妬けるぅ」

「じゃあ、もっと妬かせなきゃですね?」

マグカップを手にした私は最後に松岡さんに笑ってから席を立つ。これが今日もまた慌ただしい一日の始まりのサイン。



大好きな貴方との未来を結んでくれた大好きな仕事が今日も山ほどあるから、まずは目の前のものに立ち向かおうと奮起して……。


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