エリートなあなたとの密約
年々増していく色気に今日も翻弄され、「ずるい……」と呟くのが精一杯だ。
通常、社内ではご法度なプライベート仕様の会話をしたのは、いつのことだろう?
仕事中とはいえ、修平の齎すパワーがぐるぐると駆け巡っていた悩みや不安を一気に吹っ飛ばしてしまった。――まるでひとりじゃない、と言ってくれているように。
「あ!そうそう。名古屋帰りだよね?」
「ああ、いま戻ったトコ。あ、あと20分で全体会議か……」
愛用のブレゲの腕時計を一瞥する彼の面持ちは、どこか厳しいものに変わっていく。
すかさず「お疲れさまです」と言えば、「お疲れさまです」とオウム返しをした彼の表情にたちまち穏やかさが戻り安堵する。
聞きたいけれど、踏み込んではいけないのだ。……どうしたの?、と立場ゆえに尋ねられなくてもどかしい。
けれど、寡黙な性質で業務については固く口を閉ざすのも分かっているから、ここでは尋ねないのがセオリー。
そのため新幹線や飛行機を駆使した日帰り出張が今まで以上に続いていても、その内容までは詳しく知らない。
知っていても良いことと口出ししてはいけないことの線引きは、簡単なようで難しかったりするのだ。
ちなみに、他部署から“出張と残業の嵩む激務の地”と揶揄される試作部も、修平の業務量を垣間見ていれば優しいと感じるはず。