エリートなあなたとの密約
上昇を続けた高速エレベーターが停止した先は25階。ドアが開いて外へ出ると、深夜の静寂に包まれたフロアをひっそり進む。
そして、お目当ての表札プレートがかかったドアの前に立つ。ドアの隅にある指紋認証装置に、ひとさし指を静かに置く。
するとガチャリ、と鈍い音を立てて重厚な扉が前に開いた。これはセキュリティ強化により、今年からすべてのキーは居住者の指紋認証システムへと切り替わったため。
玄関先のセンサー・ライトに導かれるようにして中に入ると、静かにその扉を閉めた。
浮腫みで窮屈になったフェラガモのパンプスを脱いで奥に進めば、なんとその先も柔らかな色をした照明が点いているではないか。
窺うように最奥にあたるリビングのドアをそっと開けば、ソファの向こうで捉えた人の姿に笑みが零れてしまう。
そのまま足音を立てずにL字形のブラック・レザーへと近づけば、そこに座っている修平の前に回った。
きっと急用を頼んだからと気を使って、先に帰るとはメールしなかったのだろう。でなければ、私が無理して一緒に帰るのも分かっているから。
彼のジャケットとネクタイは床へ無造作に脱ぎ捨てられ、着ているシャツも3つほどボタンが開いている。そうして小さな寝息を立てながら眠る彼の目は伏せたまま、ソファにその身を預ける現在。
毛足の長い絨毯の上で屈んだ私は、力の抜けた寝顔を覗き込むようにして暫し見つめていた。