禁恋~純潔の聖女と騎士団長の歪な愛~
不気味なほど赤く丸い月が昇り始めた夕刻。
アンは牢から出され召し物を着替えさせられた。
王国を世界の頂点へと導く儀式の主要人物らしく、華美ながらも貞淑な衣装へと着せ替えられた。
薄化粧も施され、ただでさえ可憐な容姿を持つアンは思わず息を呑むほど眩い美女へと変身する。
そして、シャラシャラと装飾品の擦れる音を静かに鳴らしながら歩いて連れて行かれたのは王宮の広場だった。
アンが従者に手を引かれ広場に姿を見せると、数え切れないほど集まった人垣から耳が割れんばかりの歓声が上がる。
宴の中心地であるそこにはまさに国中から人が集まり、祖国の大いなる第一歩を見届けようと云う熱い眼差しで溢れ返っていた。
そして、その者達が声を揃えて叫ぶ。
「……、………!!」「……、………!!」
――我を贄に、我を闇の供物に、と。
アンは思わず耳を塞ぎたくなった。
それは今や知る者のいない古語で叫ばれていた。その意味も分からず、国民は叫ばされているのだ。祝福の言葉だと。祖国を称える言葉だと騙されて。
広場の外からも中に入りきらない国民たちの声が聞こえる。呪いの詞が歌の様に。
広場の中央の祭壇には聖旗に扮されていた魔方陣が置かれていた。
人々の呪いの歌に呼応するように、そこに禍々しい歪みが渦巻いているのがアンには見える。
闇の精霊は、混沌の王は、待っている。
忌まわしい封印から解放されるその時を今か今かと。
法衣を着た聖職者達がぐるりと囲む祭壇の正面には、近衛兵を脇に着けた王が待ち構え、その手前に黒いマントを纏ったヨークが立ってアンの方を見据えている。
呪いの歓声と魔方陣の忌まわしいオーラに思わず立ち竦んでいたアンに向かって、ヨークはツカツカと近付いてくると
「ぼーっとしてんじゃねえよ、聖女様。みんなお待ちかねだぜ」
と言って手を引き広場の中央へと連れ出した。