禁恋~純潔の聖女と騎士団長の歪な愛~
アンが祭壇の前に立つと、民衆の歓声は一層大きくなった。まるで荒れた海の唸りの様に。
国中が禍々しく染まっていくその気配に青くなった顔のアンを見ながら、王の隣に立つ大臣が声高に声をあげる。
「時は来た!偉大なる古の力を秘めし聖女は我がギルブルク王国への忠誠を誓い、今、その力を解放する!
今宵ギルブルクは大いなる力を以てして世界の頂点へ君臨するのだ!!
民よ、崇めよ!称えよ!新しき世界の王となるギルブルクを!
見届けよ!歴史に名を残す新しい時代の訪れを!」
――ああ…!!ああ…っ!!
大臣の言葉にあがったわぁっと大きな歓声が、空気を一層禍々しく変えていく。
その怖気にアンの全身には鳥肌が立ち体中から震えが起きた。
そのままうずくまってしまいたくなる程の圧迫感に、アンはぐっと奥歯をかみ締めて耐えた。
――…兄さん……、…兄さん…!
どうか私に勇気を…、貴方のような誇り高い戦う心を下さい…!!
硬く閉じたまぶたの奥に凛々しく祖国の為に戦う兄の姿を思い出し、アンは震える足に力をこめた。
――…私も守る…守ってみせる…!!
兄さんのいるこの世界を、貴方ともう一度会える奇跡を…!!
決意を籠め目を見開いたアンは、魔方陣をまっすぐ見つめその中央に進み出た。
「ほらよ、これが『魔起創世』だ。ここに封印を解く呪文が載ってる。お前はこれを読み上げりゃいい」
隣に立ったヨークがそう言って古めかしい一冊の本を差し出したが、アンは卑しいものを見るような目でそれを一瞥すると首を横に振った。
「いらないわ。それくらい聖女の血が覚えているもの」
その答えに、ヨークは目を剥いた。
「……おまえ……?」
何かに気付いたヨークが言葉を発する前に、アンは持たされていた錫杖を宙にかざし素早く印を描いた。
――我が名はアン=ガーディナー。封印と解放と滅亡を司りし女。
古の盟約に基づき光の精霊に命ずる。
世界を混沌に導き闇の王を永き封印より解き放つ事を――
それは。
1000年間人類の守護国が守り続けていた決して口にしてはいけない呪文だった。
――目覚めよ、混沌の王――
音楽のように紡がれたその音は、瞬時に空を裂いた。