禁恋~純潔の聖女と騎士団長の歪な愛~
そこにいた数百人の民が目を疑った。
城下町に居た数千人の民が息を呑んだ。
国に属する数万人の民が恐怖に我を忘れた。
王国は一瞬で闇に包まれ天は月も星も失った。
禍々しい空気が満ち、この世ならざる者の声が全ての民の頭に響く。
地響きのような唸りを上げて魔法陣の中央から現れたそれは生き物の形を成していなかった。
黒い霧のような漠然とした容態を以て現れたそれはしかし、段々と人型に変形していく。
『……お゛…お゛お゛ぉああ゛………』
醜悪とも言える唸りをあげながら霧は城よりうず高く人の形に巻き上がっていった。
「…これが…混沌の王……」
永き封印から蘇っていく闇の王を前に、さすがのヨークも息を呑んだ。
生物として圧倒的な存在を前にした本能か、無意識のうちに体が震える。
しかし、ヨークは己を叱咤し気を持ち直すと六芳星の浮き出た左手を掲げ黒い霧に向かって古語で叫んだ。
「忌まわしき倦族、闇の精霊よ!!古き魔術師を捨て俺と契約を結べ!
聞こえていただろう王国の民の声が!供物はこの国全ての命だ!!不足はあるまい!
新しき混沌の王にこのヨーク=レストログを選べ!!」
高らかに叫ばれたそれに、渦巻いていた霧が唸りをあげる。
「な、なんだ!?ヨーク、どうなってるんだ?混沌の王は余に力を貸すんだろうな!?」
古語の理解できない王の言葉を無視し、ヨークは闇の精霊に呼びかけ続けた。
「さあ選べ!この俺を!!」
その叫びに、黒い霧が風に巻かれたように刹那大きく揺らめいた。
――そうだ!!俺を選べ!!俺に闇の力の全てを委ねるんだ!!
ヨークの黒髪が大きくはためき、霧がまるで意思を持つ個体のようにヨークへと動き出した。轟々と世界を揺るがすような唸りをあげながら。
――しかし。
シャラン、と。
響く金属音と共に掲げられたのはアンの持つ錫杖だった。
「……!?」
振り向いたヨークの目に映ったのは…黒き霧に向かって六芳星の印を結ぶ、聖女の姿。
「我が名はアン=ガーディナー!!闇の精霊と新しき盟約を結ぶ者!!」
「なっ…なんだと!!?」
アンの吼えた言葉にヨークの顔色が変わる。
「闇への供物は我が内なる光の精霊!!
千年の盟約に従い我が血肉となった聖なる力を、存分に食らうが良い!!」