禁恋~純潔の聖女と騎士団長の歪な愛~
それは、ヨークにとって予想外過ぎる出来事だった。
幾らアンが聖女の力を秘めていようとも、自分が闇の力さえ手に入れてしまえばそれは脅威ではない、と。
ヨークはタカをくくっていた自分を責めた。
まさか、アンがこんな事を狙っていたとは。
「待て、てめえ!!ふざけやがって!!」
激昂したヨークはアンに向かって左手をかざし黒い炎を放とうとした。
けれどそれは目に留まらぬ速さで降って来た霧に瞬時にかき消される。
――……光の精霊を供物に、だと……?
アンの脳内に声ならざる音が響く。
「……そうよ…、闇のあなたにとってこれ以上無い最高の贄でしょう?」
錫杖を掲げたまま、アンもまた声では無い魂で話す。
――……おもしろい…、人間の絶望を喰らうのにも飽きてきたところだ。
聖女よ、お前と契約を結んでやろう。
突如、城下町を覆っていた闇が轟音と共に巻き上がり、天を突き刺すような一筋の黒い塊へと変化した。
「待て!!闇の精霊と契約するのはこの俺だ!!」
「闇よ!!我との盟約を破るのか!?」
轟音にかき消されながら虚しくも悲痛な声をあげたのは、ヨークと蘇って早々に力を奪われた“混沌の王”であった魔術師。
不遜な二人の賢者の目の前で、一筋の闇は突き刺さるように少女の中へと吸い込まれていった。
「う…!!あぁっ!!あああああああああああ!!!!!」
金の髪を振り乱しはためかせながら、少女は小柄なその身の中に闇を呑み込んで行く。
「あああああああああああああ!!!!!!!!」
この世ならざる者を迎え入れ、少女の身体はまるで業火に焼かれるような熱を持つ。
その苦しみを拳を握りこらえながら、アンは自我が崩壊しないよう意識を保った。
「……どう?聖女の…光の力は…?最高の供物でしょう…?」
闇を全て自分の内に取り込みながら、アンは己の中で暴れる闇の精霊に話しかけた。
「……もっとも………あなたに喰らう事が出来ればの話だけど、ね…!!」
苦しみの中、ふっと口角を上げて笑うと、アンは震える手で六芳星の印をきった。
「光の精霊よ!!聖女アン=ガーディナーの名に於いて命ずる!!
全ての力を解放し、我が身に巣食う闇を殲滅させよ!!!」