禁恋~純潔の聖女と騎士団長の歪な愛~
「――…………う……う、ん……ん」
鉛のように重たい瞼をようやく開くと、瞳に映ったのは冷たい石壁の天井だった。
「…………ここ、は……」
記憶が戻らない。
自らの中で世の理を越えたアンは、人の抱えきれる時を超越し莫大な知と記憶を有した。
けれどそれによって崩壊した彼女の自我は光の精霊と四大精霊の加護で呼び戻され再構築を繰り返す。
最後には彼女の切なる願いを核にして魂は再びアンという人物を作り上げたが、再構築の副作用は大きく、アンの生命には様々な傷跡が残った。
重い瞼をもう一度ゆっくりと閉じて、呼吸を意識する。
水と石の湿気た空気。匂い。瞼越しに感じる明かりは弱く。
……ここは………ここは、覚えがある……嫌な記憶……とても孤独で…不安で…
…ああ、そうだ…牢だ。……ギルブルクの、牢だ……
……私、ギルブルクに捕まったんだ……
ゆっくりと、アンがアンである記憶が戻ってくる。
自分が何者であったか。何をどうして今ここに居るのか。段々と明確に、記憶は蘇ってきた。
「やっと起きたか」
記憶が戻ると同時に耳に届いた声、それはアンに不快な感覚を呼び起こさせた。
今度は重くない瞼を開き声の方を見やると、自分の寝ていた粗末なベッドの足元に長い黒髪を揺らした男が座っている。
「待ちくたびれたぜ、十日も死んだように眠りやがって」
ギシリと軋んだ音をたてて、男はそう言いながらアンに体を向けて座りなおした。
――……この男は、ギルブルクの将軍ヨーク…。私、この男に捕まって牢に入れられたんだっけ。
けれど…どうして彼がここに?
次第にはっきりと蘇っていく記憶と共に、アンは今の状況に混乱した。
ヨークは自分をここへ閉じ込めはしたものの一度とて牢の中に入ってくるような事はしなかったはずだ。
それがアンの目覚めを待ちわびてここにいるとは。
……そうだ、私、闇の精霊を自分の中に取り込んで…彼の計画を潰したんだわ…
…と言う事は…
意識を失う前の記憶を完全に取り戻すと、アンは目の前のヨークに警戒心を強めた。
ヨークは自分をとても憎んでるに違いない。きっと、自らの手で殺す為に私の目が覚めるのをわざわざ待っていたのだ、とアンが考えたのも無理は無いことだった。