禁恋~純潔の聖女と騎士団長の歪な愛~
アラカレード王国西部市街地。
一軒の中流民家の娘にヴィレーネは偽装して生活を送っていた。
老夫婦と娘、それに屋敷仕えの男が一人居るように見えるこの家の正体は、かつてデュークワーズ国王に仕え隠居した廷臣とその妻、そしてヴィレーネとリヲと云う亡国の要人達であった。
一見、なんの変哲も無い平和に見える屋敷に、夜になると諜報の者や、同じようにデュークワーズから逃げ出した重鎮らがひっきりなしに訪れた。
「今や国は末端の農村まで完全にギルブルクの奴らが制圧しています。最近ではようやく諦めたのか、女王様や不明になった要人らの捜索も見なくなってきました。もう抵抗勢力が残ってないと判断して、このままデュークワーズの地をギルブルクの物として開発していく方に力を向けたのでしょう」
間者の報告を、リヲとヴィレーネは砂を噛むような想いで聞いていた。
「ご苦労でしたね。下がって良いわ」
木製の椅子に腰掛けたヴィレーネが目を伏せてそう言うと、間者は頭を垂れたまま部屋から出て行った。
「追っ手が減ったとは言えまだまだ注意は必要ですぞ」
側で共に報告を聞いていた元廷臣の老人が声を掛ける。
「分かっているわ」
「まだしばらく陛下には、わしを『父さん』と呼んでもらわなければのう」
ヴィレーネを元気付けようとしたのか老人の言った冗談に、わずかに顔を綻ばせたヴィレーネを見て、リヲはそっと部屋から出て行った。
廊下に出て早足で間者を追うと、「待て」と言ってその背中を引きとめた。
「例の…はどうなっている?」
暗い廊下でリヲが声を潜めて聞くと、間者の男も承知したように小声で応えた。
「…ミシュラ様の回復は順調です。アラカレードに運ばれ治療を受けられたのが良かったのでしょう。今では意識を取り戻し、喋る事も出来るようになりました。…もっとも、二度と剣を握れる身体には戻れませんが」
その報告を、リヲは唇を噛み締めて聞いた。
一命を取り留めたとは言え、その代償はあまりにも大きい。
かつては自分の右腕であった部下であり、何よりの友であるミシュラの今の状態は、リヲにとって辛い報告であった。