禁恋~純潔の聖女と騎士団長の歪な愛~
「わざわざ改まって話しがあるなど、どうしたのですか?」
粗末な樫の椅子に腰掛け、村娘が着るような簡素な服に身を包むヴィレーネは、それでも何処か高貴な気配を纏っていた。
生まれながらにして持った王族の血。
どんなにその身分を隠そうとも、ヴィレーネの魂は決して王族の誇りを捨てることは無かった。
そして、それに仕える事を誓ったリヲは、初めてその気高さと対峙する。
「レナ様……いえ、ヴィレーネ様。
私はデュークワーズの騎士として命を掛けて貴殿を守る事を誓いました」
ひざまづき、頭を垂れたリヲに、ヴィレーネはほんのわずかに口の端を歪ませたが、それ以上の感情を見せる事は無かった。
「分かっています。だから貴方は今、ここでこうして私に仕えているのでしょう」
薄汚れた木の床に視線を落としたまま、リヲは一度瞬きをすると、決して躊躇いの無い声で言った。
「申し訳ありません。私は今ここで、その忠誠を破ります」
リヲの発した言葉に、ヴィレーネはわずかに目を伏せただけだった。
「それは、どういう事か分かっていますね」
「無論です。騎士として貴殿に忠誠を誓ったこの命、それを破ると云う事は命を以て購う事と同義です」
そう言い切ったリヲに、ヴィレーネはひとつ長い溜息を吐き出した。
その気配に微かに部屋の蜀台の灯が揺れる。
「リヲ。今、忠誠を破ると云う事は、貴方は今ここで死ぬと云う事です。それになんの意味があるのですか」
わずかに語調の強くなったヴィレーネに向かって顔を上げると、リヲは立ち上がり真っ直ぐに彼女を見据えた。
「ヴィレーネ様。忠誠を破る不義理は、必ずやこの命を捧げて償います。
ただ、ひとつだけ。一日だけ待っていただけないでしょうか」
「……そんな事が通じるとでも?」
「今すぐ命を落とす事は出来ません。けれど、私の一部を、騎士としての命をここに捧げていきます。そして私が戻った際には、どうぞ貴殿の手でこの身を処して下さい」
そう述べるとリヲは懐から短刀を取り出し、その鞘を外して刃を己の右腕に当てた。
「私、リヲ=ガーディナーは今ここにてデュークワーズの第一騎士団団長の士号を返上致します。賜った誇りと、騎士の生命と共に」
「……リヲ……!!」
ヴィレーネの叫びが夜に木霊すると同時に、刃の食い込んだリヲの腕が鮮血を噴出した。