禁恋~純潔の聖女と騎士団長の歪な愛~
「…ぐぁ…あ、あ……ぅぐっ……」
軋むほど奥歯を噛み締めた口から、呻き声が漏れる。
全身から玉の様な脂汗が滲み、視界が痛みで霞んでくる。
それでも、リヲは己の右腕に刃を進ませることを止めなかった。
ボタボタと木の床に血溜りが出来て行き、焼けるように熱い傷口と裏腹に大量の血液を失った身体は冷えていく。
「止めなさい!!リヲ!!!」
顔面を蒼白にさせてヴィレーネは叫んだが、リヲついに最後まで刃を進める事を止めなかった。
「ぐぁあっ!!!」
短い叫びと共にリヲの右腕が肘の下からボトリと落ちた。先端を失った腕からはボタボタと床に音をたてて血が流れ続けている。
片膝を付き、真っ青な顔に滝のような汗を滲ませ荒い息を吐き出しながら、リヲは絶え絶えに述べた。
「……これで…もう剣は握れません……騎士のリオ=ガーディナーは死にました……忠誠を破った罰として、貴殿に命を捧げたのです」
「……リヲ!!そこまでして貴方は…!!」
「…申し訳ありません、最後まで私は不遜な騎士でありました……『亡国の守護騎士』として…貴殿を支える事が出来なかった…」
その言葉は、ヴィレーネが初めて聞いたリヲの拒絶の言葉であった。
『亡国の守護騎士』。いつ誰が呼び始めたのかリヲに付けられたその名には、国を守り担う願いが籠められていた。
そして、その名に囚われている限り、彼はいつかヴィレーネと子孫を繁栄させていく使命からも逃れられないでいたのだ。
けれど、リヲは今、それを真っ向から捨て去った。
騎士としての命を捨て、ヴィレーネとデュークワーズ再建の為に婚姻する事をはっきりと拒んだのだ。
どんな時でも冷静を保ち、気丈さを失わなかったヴィレーネが、それを聞いて初めて涙を零した。
「……リヲ……貴方は………そんなにも…あの女(ひと)の事が……」
国よりも、地位よりも、忠誠よりも、誇りよりも――生命よりも
守りたいものがある――
気付くまでにあまりに時間の掛かったその真実を胸に、リヲは汗の流れる顔をわずかに微笑ませると、立ち上がってヴィレーネに告げた。
「必ず戻ります。貴殿の手で処刑される為に」