Esperanto〜偽りの自由〜
「・・・ん・・・」
息苦しさで目を覚ますと辺りは真っ暗だった。薺は暗闇に目が馴れるまで待つと菘の部屋へと向かった。
「何処に行くの」
不意に背後から声が響いた。薺はゆっくりと振り返りそちらに視線を向ける。すると、いつかの夢に出てきた影の少女が佇んでいた。
「・・・別に、あんたには関係ないでしょ」
「クォ……菘なら、今はいないよ」
影の少女、芹は言うと薺に近付き頬に触れた。
「ねぇ、キミは本当にゼファの記憶がないの」
「え」
頬に触れた手を後頭部に回し、深く口付けをする。薺はただぼう、とした儘全てを受け入れていた。
「……芹……」
「……なんだい、薺」
薺は一瞬口籠もると芹の体を引き寄せた。芹はまるでその反応を待っていたかのように薺に抱き着く。
「私達オースティンは、同性と《フィット》することで命を繋いできた。・・・ゼファだったキミはいつだって、私やクォーツと《フィット》することをせがんだじゃないか」
芹は薺を真っ直ぐに射抜くと早口で捲し立てる。
「Austin(オースティン)は代々女子しか生まれない種族でその中で最も優秀な遺伝子であったjunk(ジュンク)、quote(クォーツ)、zephyr(ゼファ)の3人は常に《セット》だった。だけど、ある日zephyrはなにか、今になってもアレがなんだったのかはわからないけど、研究者達の手違いでnature(ネイチャー)になってしまった。」
一旦息を吐き、薺を見詰める。その瞳はとても悲しげで、哀れみに満ちた光を宿していた。
「・・・まだ、思い出せないの。いつになったら思い出すの……」
今にも泣き出しそうな声で、芹は言い募る。薺は呆然とした儘立ち尽くし、なにか大切なことを思い出そうとしていた。